能登を知る

蓮能尼の里ー辻堂地蔵(町屋)と太郎助地蔵(鳥越)

2022年1月8日撮影 虫ヶ峰登山道口-町屋地内 名号塔 銘 永和三五月十五日 佛心 南無阿弥陀佛 日課六万遍念佛 ※永和三年 1377年 地上129㌢、幅44㌢ [参考]中島町豊田・市姫観音と呼ばれている弥陀三尊種子板碑(176㌢×103㌢)に 應安三年(1370)二月時正の銘…

御恵与 2冊 『加能人』新年号(『伝説とロマンの里―北能登の風土と文化―』紹介)、『上井正三詩集 梅』亀鳴屋版

写真は8日の能登島大橋、石動山。 13日猛吹雪の中、金沢から夜8時過ぎに帰宅すると、封書に混じって献呈と印を押した加能人社の封筒があった。開いてみると『加能人』新年号が入っており、 次の記事があった。 『伝説とロマンの里―北能登の風土と文化―』をご…

石動山ー大字石動山集落の生活

8日に釶内に行く用事があり、石動山を仰いでドライブし、展覧会も見てきた 1月8日11時。中島町横見からの石動山。 ふるさと創修館からの七尾城山石動山山脈 鹿島町史民俗編執筆のため、冬の石動山集落を調査したのが昭和58年の暮れか59年にかけてであった。…

年頭挨拶ー蓬莱・喰い積み

今年も広間に金屏風を立て、一般に蓬莱飾りとか喰い積み、あるいは福徳米と呼ばれてきたものを飾った。 新年の挨拶を交わし、三方に盛った五穀を頂きながら、御酒を頂く時に用いたものらしい。 加能民俗の会員だったころ、常民の行事の元になっているものが…

大箱 猿鬼塚散策 

討ち取られた猿鬼は懇ろな弔いの結果、光となって西の空へ飛び去った。何本かの猿鬼由来記(説教本)があるが、中の一本には「すがれ弥陀の本願」などとあり、真宗唱導に用いられたことは明らかである。 その猿鬼が埋められた場所と伝わる、大箱の鬼塚を訪ねた(…

冬至の木ノ浦

先月、若くして去った人に、 最後の楽しみ(おいしいコーヒーを焙煎)を提供してくれた教え子に、 お礼を言いたくて、 彼女のいる木ノ浦をたずねた。 2021年(令和3)年12月22日(水)10時54分 右手の黒く見える海沿いをウシグラという。お塩蔵の跡地である。

NPO能登ネットワーク発行『能登国三十三観音のたび』と『伝説とロマンの里―北能登の風土と文化―』

日本の美術は文化庁が監修、次の文で休刊。 独立行政法人国立文化財機構監修 昭和41年創刊。 国立博物館、文化財研究所、文化庁などの最前線の研究者たちによる、 各号1つのテーマを取り上げた書下ろしの月刊誌です。平成23年9月刊、第545号をもちまして休…

立山連峰

11月30日(火)、宝達山麓から東能登の海岸部を巡った。 穴水町根木ポケットパークより。 17時。 能登町波並海岸より。 18時。

『伝説とロマンの里―北能登の風土と文化―』の紹介

能登ブーム、カニ族の言葉を生んだくらい多くの人々が訪れ、私の同級生が珠洲だけで1000人以上もいた時代があった。 『伝説とロマンの里―北能登の風土と文化―』が語りかけるとすると、まず同世代だが、この世代はネットが苦手だ。 読むとすれば、の対象にネ…

『伝説とロマンの里―北能登の風土と文化―』

伝説とロマンの里―北能登の風土と文化― | 西山郷史 |本 | 通販 | Amazon 予定では、8月頃に発売になるはずだったが、出版社と通じ合えないことが多くて、延び延びになっていた。 それでも、11月1日に表紙を決めて、あとは出版社の作業待ちまでたどり着けた。…

岸壁の母ー端野いせさん没後40年

講義、執筆がないと他はどれだけやることがあろうとも、余裕だ。 で、TVを付けるといつまでも(遅くとも9時に寝るので、いつまでもは9時までだが…。)見てしまう。ドラマはよそ見していると筋が分からなくなるし、俳優さんはかなりの割合で同じにしか見えな…

10月7日(木)の記事。40年前の文化祭ー地震の記録ー

遅ればせながら-。 このところ頻繁に地震がある。 教員時代、郷土史同好会生徒と飯高文化祭で郷土と関係ある地震記録を一教室使って展示発表したことがある。 昭和57年(1982)のことで、2月7日の能登沖地震が起こる11年前、阪神淡路大震災の13年前の話で、…

「釈迦涅槃図八相成道図」、平松令三氏

頻繁に地震が起こるので、本箱をある程度ーふすまや障子につかえて、いつまでもガタガタ音が鳴らない程度にー固定作業を続けている。 その過程で、アルバムの中に「八相成道絵図(千光寺蔵) 平松令三氏調査」とある一冊があることに気づいた。 平松令三氏?…

金沢~能登外浦海岸~珠洲ー25日(土)

海を眺めながら、昼弁当を食べようと金石・大野を通り、大野弁吉からくり記念館駐車場へ入ろうと思ったのだが見つからないまま通り過ぎてしまった。金沢港に海上保安庁の船が止まっていた。飯田高校郷土史同好会のメンバーで保安庁職員になっている卒業生が…

民俗研究の先駆者ー四柳嘉孝氏(1922~2002)

今日(2021年9月15日)の北陸中日新聞朝刊。私のコメントも紹介された。 四柳嘉孝先生の論著を、『日本民俗誌集成 第12巻 北陸編2 石川県 福井県』(1997年11月30日 三一書房刊 本体23,000円)で、紹介した。原著は謄写・私家版。 『日本民俗誌集成 第12巻 北陸編…

一如ー境界(論)を超えて

28日の親鸞聖人ご命日には、鐘をついている。 当寺は町の歓楽街とでも言うべき所にあるので、早朝は休んで居られる方が多い。 という理由で、7時頃に鐘をつく。 この地は、若山荘(1143~)飯田郷の西山地域にあり、西勝寺の山号・臥龍山も阿弥陀山・春日山…

講座―スペイン風邪と山本仏骨氏(今月の法語カレンダー)、8月6日の記憶・子どものころ戦争があった・矢原珠美子さん、谷内正遠氏と東井義雄氏・泰山木、安宅夏夫・大浦郁代氏、山口誓子氏ー同朋会レジメイン風邪と 

8月は明日・20日(金)が同朋会推進員協議会主催、親鸞聖人に聞く。 レジメを作った。 百日紅―8月19日12時半 飯田城山、欅、百日紅 百日紅能登にのこりしうすけむり ―沖谷(旧姓新木)敏子氏『句集 外套』矢原(沖谷)珠美子氏、遺句集編ーより。 ○法語…

ひぐらしが鳴く能登のゆきどまりー山口誓子碑

禄剛埼灯台 7月28日12時撮影 いろいろ整理していたら、「ひぐらしが鳴く能登のゆきどまり」の拓本が出てきた。 山口誓子については様々な情報を持っており、推進員勉強会、 蓮如忌法話の補助に使おうかと思ったが、狼煙で生かしてもらうのがいいだろう。 先…

宝達山周辺

宝達山からの夕日-2007年8月25日 B地点 高尾城址 金沢市 A地点 金沢のホテルから、宝達山が見えた。ホテルは一向一揆の時の富樫政親が拠った高尾城のすぐ側にある。高尾城と宝達山は呼応しあう位置にあったのだと、朝焼けからしばらく眺めた。カメラは車の…

夏至 鞍崎灯台

夏至の鞍崎灯台(正式名:能登鞍埼灯台) 大谷・狼煙側 上の写真は、輪島・曽々木・塩田村方面から。 珠洲・狼煙・大谷方面は以下の紹介。今は草が生い茂り側へ近づく道さえも見えない。 2016年5月 2013年3月

開慧眼-エゲンがシャリに生死無し。林尹夫著『わがいのち月明に燃ゆ 一戦没学徒の手記』と大地原豊氏

七十二候 芒種 第3候 梅子黄(うめのみきばむ) 文類偈 慧眼 このところ、お朝事(朝の勤行)に「文類偈」を戴いている。「文類偈」に親しんでいこうとの思いからなのだが、 ふと「智光明朗開慧眼」の「慧眼」が眼にとまった。 「文類偈」は「正信偈」と同…

『伝説とロマンの里』POD版の写真

2012年版(元の本)では、254枚の写真を使った。 今回のPOD版はそのままスキャナー本ではないというので、訂正しようと思えば訂正出来る。 10年前とは明らかに様相が変わったもの何点かを差し替えたり追加した。 第4章21 引砂のさんにょもん 春浅い引砂の海…

POD『伝説とロマンの里』

『石川県立飯田高等学校百周年記念誌 伝説とロマンの里』(2012年・平成24年・10月21日、323頁、実行委員会刊)という書籍がある。 関係者だけにお配りした本である。 この本を見て、普通どう思われるだろうか。 足かけ10年の今年になって、普通なら,こう思…

いしかわ風土記 ひと

このところ、POD版本作りの作業をしていて、書きたいことがいくつかあったのに、そちらに集中していた。 新聞記事も読まず,見出しのみ。ただ「マンボウ」という言葉が,縁の無いような人が使っているように思えて、著名な人に、あらたなあだ名でもついたの…

3月23日の風光

紅梅・椿 白梅・つばき 座禅草 能登半島北限 これらの木々・花のエリアにトンビの巣がある欅がある。巣立ちを間もなくのトンビの子が舞う練習をしているようで、親トンビの警戒している様子がヒシと伝わってくる。いたずらに刺激しないよう部屋に引き上げね…

友の遠い親戚ー西谷(啓治)記念館をたずねる

高校の同級生で、ずーっと親しくしているY・N君と、3月18日に西谷(啓治)記念館に行ってきた。 なぜ西谷記念館かというと、西谷氏が「奥能登の風光」(『宗教と非宗教の間』岩波現代文庫)に 私は4、5歳の頃、珠洲の鵜島にあった宗玄という家に何日か泊ま…

「たこつぼ」か、それとも? 尖底形製塩土器

13日(土)小木公民館で「市之瀬、越坂の生業と歴史」と題して講演してきた。 高校の同級生男女1名ずつ。西谷啓治さんが能登で最も仲良くしていた従兄弟石岡さんのお子さん。それに真脇遺跡縄文館館長・高田氏などが聴講に来てくれた。 石岡、高田氏は飯田高…

明野・市之瀬・越坂-吹上 「弘法榧」「熊野社舊跡由緒地」を訪ねる(3月10日・水)

3月3日のブログに、弘法榧、熊野神社舊跡由緒地碑を尋ねたが探す出せなかった旨を書いた。 附に落ちないので、町の文化財担当者と連絡を取ったもののはっきりしない。 直近に見た人はいないようだし、直近の私自身は180度方向音痴なので今一度確かめに出かけ…

若山庄木郎郷

「市ノ瀬、越坂の生業と歴史」 市之瀬、越坂はタイトルの中心地だった。 そのことが分かってきたので、 峠にあったという「旧熊野社跡」碑と 「吹上六千坊」と言われた伝承を物語る弘法大師が植えたという通称「大師榧」の巨木の写真を撮るため出かけた。 ど…

二つの芭蕉句碑ーその二・白丸芭蕉句碑

長浜吟行句会のメンバーが聴講の多くを占めておいでになった講義「宝立の月」(2月25日木)。 昨日のブログに書いたように、芭蕉百回忌を記念してと言われていた能登最古の芭蕉句碑「名月や北国日和さだめなき」(門前黒島)が、一〇〇回忌では無く、九〇回…