多羅山蓮光寺ー蓮能尼の里 

蓮光寺圓谷城燕師が1月4日(火)、88歳で還帰なされた。 先に帰られた坊守さんは、私が教区会副議長を務めていた頃の坊守会会長さんで、その時期に迎えた蓮如上人5百回御遠忌などでは、人々の願いを聞き、精神的な支えになって下された。城燕師は御遠忌に加…

蓮能尼の里ー辻堂地蔵(町屋)と太郎助地蔵(鳥越)

2022年1月8日撮影 虫ヶ峰登山道口-町屋地内 名号塔 銘 永和三五月十五日 佛心 南無阿弥陀佛 日課六万遍念佛 ※永和三年 1377年 地上129㌢、幅44㌢ [参考]中島町豊田・市姫観音と呼ばれている弥陀三尊種子板碑(176㌢×103㌢)に 應安三年(1370)二月時正の銘…

御恵与 2冊 『加能人』新年号(『伝説とロマンの里―北能登の風土と文化―』紹介)、『上井正三詩集 梅』亀鳴屋版

写真は8日の能登島大橋、石動山。 13日猛吹雪の中、金沢から夜8時過ぎに帰宅すると、封書に混じって献呈と印を押した加能人社の封筒があった。開いてみると『加能人』新年号が入っており、 次の記事があった。 『伝説とロマンの里―北能登の風土と文化―』をご…

石動山ー大字石動山集落の生活

8日に釶内に行く用事があり、石動山を仰いでドライブし、展覧会も見てきた 1月8日11時。中島町横見からの石動山。 ふるさと創修館からの七尾城山石動山山脈 鹿島町史民俗編執筆のため、冬の石動山集落を調査したのが昭和58年の暮れか59年にかけてであった。…

年頭挨拶ー蓬莱・喰い積み

今年も広間に金屏風を立て、一般に蓬莱飾りとか喰い積み、あるいは福徳米と呼ばれてきたものを飾った。 新年の挨拶を交わし、三方に盛った五穀を頂きながら、御酒を頂く時に用いたものらしい。 加能民俗の会員だったころ、常民の行事の元になっているものが…

大箱 猿鬼塚散策 

討ち取られた猿鬼は懇ろな弔いの結果、光となって西の空へ飛び去った。何本かの猿鬼由来記(説教本)があるが、中の一本には「すがれ弥陀の本願」などとあり、真宗唱導に用いられたことは明らかである。 その猿鬼が埋められた場所と伝わる、大箱の鬼塚を訪ねた(…

冬至の木ノ浦

先月、若くして去った人に、 最後の楽しみ(おいしいコーヒーを焙煎)を提供してくれた教え子に、 お礼を言いたくて、 彼女のいる木ノ浦をたずねた。 2021年(令和3)年12月22日(水)10時54分 右手の黒く見える海沿いをウシグラという。お塩蔵の跡地である。

尾添・白山下山仏

尾添の白山下山仏について、会ったことは無い知り合い(かつて電話で話しあった)から電話があった。林源常さんが亡くなられてから尾添を通り過ぎることがあっても、下山仏社を訪ねることはなかった。 そして、源常さん達が中心になって営まれていた蓮如忌には…

とりあえず終了ー23、とも同行の順拝・たび 「宗祖聖人御旧跡巡拝」㉔―豊四郎順拝119~124

2021年(令和3)2月18日に22、㉕を書いてから数回分を下書きに残し、別作業をしていた。主として『伝説とロマンの里―北能登の風土と文化―』に時間を取られていたのだが、この10月ーいろいろと取りこんでいたー豊四郎一族の人がふらりと訪ねてきておっしゃるに…

この時期なのに 午後5時40分

南西の空 右から二つ目の屋根は鐘楼堂

橘禮吉氏-わがまちの偉人

集 今日(12月8日)の北陸中日新聞朝刊に懐かしい橘さんが紹介されていた。 いい文だ。 北陸中日新聞朝刊-20210(令和3)年12月8日 橘さんご逝去の報に接してこのブログに書いた 2019(平成31)年10月25日「橘禮吉氏」記事 北國新聞朝刊に24日に橘さんが御…

NPO能登ネットワーク発行『能登国三十三観音のたび』と『伝説とロマンの里―北能登の風土と文化―』

日本の美術は文化庁が監修、次の文で休刊。 独立行政法人国立文化財機構監修 昭和41年創刊。 国立博物館、文化財研究所、文化庁などの最前線の研究者たちによる、 各号1つのテーマを取り上げた書下ろしの月刊誌です。平成23年9月刊、第545号をもちまして休…

立山連峰

11月30日(火)、宝達山麓から東能登の海岸部を巡った。 穴水町根木ポケットパークより。 17時。 能登町波並海岸より。 18時。

語り合うこと無く…

11月22日(月)、 多分この日、M・Hさんが50代前半で亡くなった。 数度お会いしただけの人だったが、某書店の店長をしておられ、書物・文化の話題が豊富で、ちょっとした会話に知的好奇心が刺激され、かけがえの無い人だった。 そのMさんから9月18日に電話が…

親鸞聖人御祥月命日

28日、親鸞聖人御祥月命日朝、鐘楼堂からの残月。七時近く

『石山合戦を読み直す』『佐野鼎研究』

本を戴いた。 『石山合戦を読み直す 軍記で読み解く日本史』塩谷菊美さん 2021年12月10日法藏館発売 写真提供と、以前第7章「庶民の石山」の系譜(1770~1880ごろ)の一節「加賀の奉納絵馬-一揆の地で花開く禁書」の元論執筆者を紹介したことに因って報恩講…

『石川ふるさと遺産』、『日本の祭り文化事典』

14日(日)北國新聞朝刊 この本に、2項目書いた。最初の依頼は「門徒もの知らず」だった。 これは「もの」とは何かの定義づけからしなくてはならず、私なりの見解は持っているが、そもそもそのような表現が歴史的になりたち得るのか疑問である。 いわば、真…

『伝説とロマンの里―北能登の風土と文化―』の紹介

能登ブーム、カニ族の言葉を生んだくらい多くの人々が訪れ、私の同級生が珠洲だけで1000人以上もいた時代があった。 『伝説とロマンの里―北能登の風土と文化―』が語りかけるとすると、まず同世代だが、この世代はネットが苦手だ。 読むとすれば、の対象にネ…

『伝説とロマンの里―北能登の風土と文化―』

伝説とロマンの里―北能登の風土と文化― | 西山郷史 |本 | 通販 | Amazon 予定では、8月頃に発売になるはずだったが、出版社と通じ合えないことが多くて、延び延びになっていた。 それでも、11月1日に表紙を決めて、あとは出版社の作業待ちまでたどり着けた。…

岸壁の母ー端野いせさん没後40年

講義、執筆がないと他はどれだけやることがあろうとも、余裕だ。 で、TVを付けるといつまでも(遅くとも9時に寝るので、いつまでもは9時までだが…。)見てしまう。ドラマはよそ見していると筋が分からなくなるし、俳優さんはかなりの割合で同じにしか見えな…

茗荷が赤い実を付けた

当寺報恩講が滞りなく終った。終ったは一応で、まだまだしなくてはならないことも多いが、まず仏旗片付け。 仏旗を立てた所へ行く途中、茗荷がなるエリアにまだ赤い茗荷の実が残っていた。 茗荷の実 何日か前に、連れ合いが、茗荷の赤い花が咲いている珍しい…

今日から報恩講 2021

木々も合掌

瞽女さん

瞽女さんについては、『能都町史』口頭伝承で、民謡を扱ったあたりからかなり関心を持った。町史執筆は昭和54年ごろなので、40年以上の関心事となる。 伝播の問題は難しいということを五来先生から直接窺ったことがあり、なんとはなしの関心事にとどまってい…

『編み継ぐ』御供田あい子詩集 追弔谷内正遠木版画展 瞽女さんー世界の感触を取り戻せ!

『編み継ぐ』御供田あい子詩集 御供田さんから恵与さる。 御供田さんは昭和13年生まれ。川柳の方で名高い方だったが、この度詩集を編まれた。 人生の深みと、生死を越えた永遠性とでもいおうか…が絡まり合い、えも言えぬ大きな世界に導いてくれる詩編集だと…

虎石墓

河北郡にあるお寺の墓石。ここに曾祖父の妹が嫁いでいる。 曾祖父・松谷円辰 ダルマ和上の異名があったという曾祖父・松谷円辰。 『とも同行の真宗文化』(p24~25)に、次のように書いた。 [出典]「座談会 芸能の風土・芸能民の歴史」『月刊百科』一一 …

10月7日(木)の記事。40年前の文化祭ー地震の記録ー

遅ればせながら-。 このところ頻繁に地震がある。 教員時代、郷土史同好会生徒と飯高文化祭で郷土と関係ある地震記録を一教室使って展示発表したことがある。 昭和57年(1982)のことで、2月7日の能登沖地震が起こる11年前、阪神淡路大震災の13年前の話で、…

アサギマダラが飛んでいる

書斎兼仕事部屋のすぐ前。今日12時。 ほかにも、モンシロチョウ、モンキチョウ。今日は見なかったがクロアゲハも訪れる。

「釈迦涅槃図八相成道図」、平松令三氏

頻繁に地震が起こるので、本箱をある程度ーふすまや障子につかえて、いつまでもガタガタ音が鳴らない程度にー固定作業を続けている。 その過程で、アルバムの中に「八相成道絵図(千光寺蔵) 平松令三氏調査」とある一冊があることに気づいた。 平松令三氏?…

蓮如上人と山中温泉 9月30日(木)

菅谷徳性寺・浄土真宗本願寺派 向かって右から「慧燈大師椿清水御舊跡」、椿清水、お腰掛石、八房の梅、「蓮如上人御舊跡」。 椿の清水と八つ房の梅「江沼郡山中町菅谷町]山中へ向かい大内村を立った蓮如さんは、もっとも難所の深い谷底道を岩に足をすべらせ…

金沢~能登外浦海岸~珠洲ー25日(土)

海を眺めながら、昼弁当を食べようと金石・大野を通り、大野弁吉からくり記念館駐車場へ入ろうと思ったのだが見つからないまま通り過ぎてしまった。金沢港に海上保安庁の船が止まっていた。飯田高校郷土史同好会のメンバーで保安庁職員になっている卒業生が…