一如ー境界(論)を超えて

28日の親鸞聖人ご命日には、鐘をついている。

当寺は町の歓楽街とでも言うべき所のあるので、朝は休んで居られる方が多い。

という理由で、7時頃に鐘をつく。

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この地は、若山荘(1143~)飯田郷の西山地域にあり、西勝寺の山号臥龍山阿弥陀山・春日山・飯田城山の山続きによる。

飯田郷と直郷の境界に元飯田郷総道場があるのだが、

鐘を撞きながら、朝日が今日は、ちょっと南寄りの東から登っているのだ。

次のご命日は、お彼岸の真東からを過ぎ、ほんのちょっと北寄りから登るのだ。

そこで、レイラインの境界を越えるとか、

境界の象徴・キツネを最近見なくなったなーとか、鐘撞き堂から見えるところの境界に狐を祀った「森のミョウドウ」という祠があったが、どうなっているのだろうとか、

さらに鈴木大拙・岡本美穂子氏の Here you have a Hongan 

のエピソード等を連想しながら、

二元論でつい考えてしまう事に対する懺悔ー究極の境界ー生死さえもない一如世界を思った。

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「あるがまま」「自然法爾」には、境界はないはずなどと考えている日々に、書斎で全く読んだ記憶の無い『境界の日本史』を見つけた。

『境界の日本史』山川出版社  1997年刊

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パラパラとめくっていると、かつての知人達が書いている文が出てきておどろいた。

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前論文は石川県立歴史博物館学員員さん達(今は、全員退職なさっている)。

後者の小嶋さんは、当時、埋文センター。後、金沢学院大教授を経て現石川県考古学研究会会長さんの文である。

小嶋氏とは埋文の委員同士で、コロナ騒ぎがなければ、あと1、2回会えるかも知れないが、おそらく、このまま会わずに過ぎていくのだろう。

 

亡き人は無量の光明となって至るところで無明のこころを照らしてくれるが、

かつての知り合いも、そう変わらぬ光となって、ボヤーッと蘇ってくる。

キツネ・稲荷社・境界に在るもの

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森のミョウドウ近くの家にある稲荷神画像

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あえのことの田の神様(輪島市・実は稲荷神)

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境界の屋敷神(稲荷)、家もだいぶ前に移り、小山になっている(輪島市)。

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羽咋七塚の一、稲荷山(宝塚)。

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熊谷町稲荷神社秋祭り、昭和10年頃。熊谷町の1番地は川の上流・岩坂ダムの最奥地にある