2011-01-01から1ヶ月間の記事一覧

『椿と日本人』(四柳英子氏著)

椿半島能登にふさわしい椿を論じた名著がある。椿の特性を生かしながら新たな産業、地域興しを考えておいでる方にお見せしたところ、何とか手に入らないか、とのことだったので和倉での互例会の帰り、あらかじめお願いしておいた四柳嘉章氏宅に寄り購入して…

波の花、教区互例会、能登二見

27日能登教区互例会が行われた。教区の役をしていた頃は、毎年出ていたのだが、終えてからは場違いのような思いになり、5年前から出るのを辞めていた。今年は、坊守会、門徒会、推進員協議会などに関わっているのだから、お礼と出不精解消を兼ね、出てみよう…

椿れいさんコンサート「能登の一夜星」

1月31日(月)「狼煙館」で椿れいさんのコンサートがあった。歌手「椿れい」の名は「ガラスの仮面」の美内すずえさんがおつけになった。1年のボイストレーニングを経、満を持してのデビュー。この度のコンサート企画中心である珠洲活性化協議会の方々の中に…

『図説 能登の歴史』ー1月20日刊【執筆】

『図説 能登の歴史』が刊行された。かつて文章をお書きになった方々はお年を召されており、能登の人々が中心になって本を出すギリギリの企画だったことを、編集の一人として関わったことにより思い知らされた。そのギリギリの状況下で、青青編集の林原さんは…

安心イロハワラベウタ、蓮如上人いろは歌、念仏いろは歌集

古くから釈教の和歌があり、親鸞聖人も今様歌形式で和讚を作られた。和歌に教えをまとめたり、それを覚えるのは、いわばもっとも庶民的な教化のありようだった。民謡になっているもの数え歌そして、いろは歌などがある。手元にいくつかの「いろは歌」がある…

雪の能登ー叔父の満中陰ー昭和43年の鉄道

24日。叔父自照院釈曉賢殿49日(満中陰)のため、輪島石休場町へ向かう。プリウスは雪のため底がつかえ庭から出られず、スコップで車の下の雪を取り出し出発。途中30キロぐらいのスピードで車が続く状態になったところもあったが、お参りには間に合う。月のき…

雪の能登ー鵜川組合同研修会ー

24日(月)、輪島市での叔父満中陰法要のあと、4時からの鵜川組合同(門徒会・推進員協議会・同朋婦人会)研修会でお話しするため、2時過ぎにお斎会場から研修会場の和倉へ向かう。能登有料道路の最高地点別所岳パーキング。大雪研修テーマー「そのかごを水…

江戸初期の在家仏ー夕刊「舞台」ー初期木仏安置許可・安置御免

本日ー2011年(平成23年)1月21日(金曜日)ー夕刊の記事新聞(PDF)江戸初期の在家仏。真宗史関係の話でもあるので、肩書きを西勝寺住職でお願いした。昨年、珠洲の在家で見つかった元和2年(1616)、寛永8年(1631)、同15年(1638)の3体のご木像。大変重…

季刊『能登』冬号

今日、2011年・平成23年1月20日(木)、季刊誌『能登』第2号が届いた。目次興味深い記事が多く、楽しさと力にあふれている。私は、この号から「伝説の風景」を連載させていただくことになり、第1回目は「能く登る「能登」」、能登の国名に関する話を書いた。 …

「忘れられない手紙ーお陰様」(「尾山御坊」)

書類類を整理していたら、「尾山御坊」第223号(2003年・平成15年1月、真宗大谷派金沢別院)が何部も重なって出てきた。尾山御坊には、後に『蓮如上人と伝承』になった連載を書かせていただいたが、この号はその頃とは随分離れている。何だろうと開いてみる…

片岩叩き堂・記事

北陸中日新聞1月8日。記事を書いた近江士郎氏と、6日午後、久しぶりに語り合った。記事(PDF)→「鬼」、輪島市大沢「小串祭り」、大猿退治の社・羽咋市酒井、叩き堂資料A20090109、資料B20100109

能登はやさしや土までも…

5日の北國新聞朝刊社会面に次の記事が載っていた(部分)。PDF「能登はやさしや土までも」新聞記事←カラー・82㌫縮小年の暮れに記者さんから電話がかかり、世間話のように「能登はやさしや…」についてお話しし、能登を知る会でしたね…、それ、もうやめよう…

飯田町太子講ー1月3日

3日飯田町太子講会場は西勝寺本堂横の間準備中。鏡餅にミカンを乗せて完了。私たちは紅と白の鏡餅を重ねるのが普通だと思っているが、2色 重ねはかなり珍しい風習だそうだ。正面は、法隆寺で購入した太子画像。柄香炉の代わりに、曲(かね)尺を手にしてい…