本願力にあひぬれば…

 この御和讃 (和語讃嘆) 天親菩薩の和讃。
 「本願力にあひぬれば 空しくすぐる人ぞなき…」
 弥陀の本願に出会ったならば、空しく過ぎる人はない…。
 すごい言葉だ。
 人が感じる苦 (思い通りにならない、の意味で)、その苦とは一言で言うなら「空しさ」なのだと、この和讃は言っている。
 地中の獄ー真っ暗闇の中の獄中、ひとりぼっちの体。
 それがつらいのは、「空しさ」。
 餓えた鬼。求めても求めても、満たされない思いとは、「空しさ」にある。
 家畜の生も、修羅も、人も

 本願の働き=力は、その「空しく」過ぎてしまう人生に、空しくはなく、言い換えれば、満ち足りて生きる人を育む。


 このことを、時に、お通夜の法話で語ってきた。