網野善彦氏と宮田登氏

筑波においでた宮田さんが、神奈川大学に移られた。
歴史学網野善彦氏と民俗学宮田登氏が一大学に揃われたのだ。


教員を辞めてからは、土・日の時間が取れず、日本民俗学会に顔を出すのは夢となってしまった。
そこで、必然、能登にお出でになる方から情報を知るしか手だてが無くなった。


宮田さんが神奈川へ??。
時国にお越しになり、毎年一度宴席でご一緒させていただいた網野さん(そう呼ばせてもらう)から、
宮田さんの様子を聞くことが出来た。
間接的に宮田さんとはお会いしていたのだ。


今度のパンフを見ても、宮田さんがあだ名を付ける名人だったとはどこにも書いてないが、
宮田さんの人を見抜く目の的確さには定評があった。



網野さんに、宮田さんはあだ名を付けるのが上手ですよ、と話したら、
網野さんは「早速付けられましたよ。」とおっしゃった。


「ドン、アミーノー」だという。
あまりのぴったりさに、つい笑ってしまった。
そのドン・アミーノーさんが、まもなく、宮田登63才の葬儀委員長をお勤めになろうとは…。


どんな思いだったろう。