平家の末裔・吉尾景春

吉尾勉さん(能登町宇出津)の短歌を新聞紙上で見た。
「水の辺の哲学者かも青鷺の風裂く声に近寄り難し」

吉尾さんは、平家の子孫だという吉尾景春を先祖とする。
吉尾景春は源平の合戦で、能登の地に落ち延び、曽々木に居を構えていたが、
源氏の追求が厳しくなり、曽々木に祀っていた
辺津比古、辺津比咩神社と共に、
藤瀬・神野に隠れ住んだ。
神野の火宮、姫滝社が元の辺津比古、辺津比咩神社だといわれている。


後、吉尾家は町域の宇出津に出た。
高校長を経て、能都町郷土館の館長もなさっていた。
数学の教師で、郷土館との関係がよく理解できなかったが、
こういった優れた短歌をお詠みなり、
おそらく歴史にも造詣が深いのだろう。

何となく、結びつきが理解できるような気がした。