学びの人への一資料
ほぼ十日前、中能登町で鵜祭について話した折、金沢大学の学生が論文を書いているので見解を聞きたいと、会場に来ておいでた。講演前のわずかな時間、調べている内容を的確に話され、私の聞き慣れない用語も使われたので、確かめつつ少し見解を述べ…講義に入った。
用事があって次の由谷氏の講演を聞かずに会場をあとにしたのだが、考えてみると、先ほどの学生さんはわざわざ能登まで出向いて質問に来られたのに、答えられる答えられないは別にして、
名前も聞かなければ、名刺を切らしていることもあって私の情報もお教えしないで別れたのだった。
なんだか、いつでも能登上布会館、飛翔で会えるような錯覚に陥っていた。
その人は留学生だとのことだったが、よどみのない日本語で対話をなさったので、留学生と聞こえたが聞き間違いだったのかな?と思いながら質問に対する対話をしたため、論文が卒論なのか、修論のようなものなのかさえ分からないままだった。
あまりに失礼な対応をしてしまったので、その人を紹介した方にこちらの情報を伝えた。
お名前とゼミ、卒論であることが分かった。これで必要十分条件を満たしている。私の書いた資料も受け取って下さるようなので、卒論と関係あるいくつかー今、整理している「真宗文化論」のDグループ3葬制ーを48頁の冊子にして今朝、送った。
「真宗文化論」は現在Cの和歌までをプリントアウト出来る-ところまで来た。