臼ヶ峰―親鸞聖人、聖徳太子―

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地産地消文化情報誌『能登』第3号、2011年春号。伝説の風景が2になっているのは、創刊号は伝説の風景のタイトルではなく、「能登の壺」として書いていたためで、実際は第3回である。

 


万葉歌碑があって、中西進氏とも関係のある臼ヶ峰について、このところ語られているのが万葉・中西氏のみ。

どうして点でしか語らないのだろう。

人の営みはいろいろあるのに、いろいろを見ようとしないで、話題性のある狭いところだけにスポットを当てている。

例えば、須須神社で3月15日に行われる的打ち神事。その日の午前中には別当寺だった高勝寺(現在翠雲寺)で涅槃会が行われている。そのことに触れた新聞記事、観光案内は見たことがない(この見たことがない、はレベル差があるが私はその方面の情報の大体に目を通している)。

例えばお出で祭り(平国祭)の21日。お出で(正確にはお帰り)

の通る午前中は、どのお寺でも彼岸会を営んでいる。新嫁は着物姿でお寺にお参りし、その後、お帰りの通過に手を合わしてムラ入りの報告をする。なのに、

彼岸参りとセットになっていることに触れている記事や紹介文に出会ったことがない。

 

臼ヶ峰も万葉で終わらせると、山頂の親鸞聖人、その像が建てられる由来となった聖徳太子像の豊かな世界が見えないままになってしまう。特に太子は、成長してから「和を以て貴しと為す」とおっしゃった。

令和からの万葉なら、もっと古く「和」の例として最高の方の伝説・像があるのに、万葉だけにしか触れようとしない。

 

私は、地産地消文化情報誌『能登』3号、すなわち2011年春号に「臼ヶ峰」を書いているのだ。もう8年前のことになる。

 

「伝説の風景」を能登に書かせていただいてもう35号。臼ヶ峰が載っているなら買おうとして3号を探しても売り切れていて手に入らない。

そろそろこの連載を見直す時期に来ているかな?と考えたりしている。

ともかく、その時何を書いていたのかを添付する。

その前に、売り切れで購入出来ない号、残りわずかな号が今号に載っているので以下に記す。

売り切れ

1,2,3,4,5,9,10,11,12,14,16,17,29,30号

残り僅少

6,7,8,18,20,22,23号

 

この連載「伝説の風景」は、背景などをかなり調べ上げ考察して書いている。どこかで一冊にまとめて置かなければ・・・との思いもある。

能登」が発行される度、目次と書いたタイトルまではブログに載せてきたが、売り切れ号にはこういうことを書いたのだと、やはり残しておきたい。