輪島ロータリー卓話

f:id:umiyamabusi:20170131163314j:image
今日(1月31日・火)輪島ロータリークラブでお話ししてきた。
卓話タイトル題は、「月と能登」。
子供の頃、市ノ瀬駅から安町の祖父母・叔父の住む照福寺へ向かう半道(約2キロ)は
河原田川のせせらぎと、星・月明かりが頼りだった。
ある年齢からは、覚えた「北上夜曲」の歌詞と重なり、メロディーが流れるか、ハミング・歌いながら歩いた。
教師になってから、啄木を語り、後に月の能登、月と仏教を語るようになる原風景が河原田川沿いにあった。
講義に先駆け、
市ノ瀬駅付近を歩いた。

元、七尾線のと鉄道市ノ瀬駅」~

f:id:umiyamabusi:20170131165125j:image
道を大きく曲がるときに、川音が聞こえたように記憶していたのだが、川に添って道があり、その奥に駅があったのだ。
現在の幹線道路は、左手の上の方にある。
f:id:umiyamabusi:20170131165120j:image
駅前の広い道、奥に駅舎があった(?).そして線路
f:id:umiyamabusi:20170131165114j:image
農協の建物
f:id:umiyamabusi:20170131165108j:image
駅付近
f:id:umiyamabusi:20170131165102j:image
線路は、市ノ瀬駅を出ると間もなく、大きく曲がり河原田川を鉄橋で越えた。
穴水、三井、市ノ瀬、輪島の河原田川沿いの線路は、直角に近い鉄橋を行き来していると聞いたことがある。
左手がカーブを描く線路跡。
右の青い橋が鉄橋だったところだと思う。

昭和30年前後

f:id:umiyamabusi:20110613201739j:image
鉄橋を渡ろうとしている列車。
子供の頃、汽笛が鳴ると一緒に境内で遊んでいた近所の子らと、山門前に走っていって川向こうを行く列車を眺めたものだった。
近年、当時の幼馴染みと出会う機会がある。共通の話題が
この汽車を見に走ったなぁ…、である。
写真は『写真アルバム 能登半島の昭和』に提供したもの。
f:id:umiyamabusi:20170131165056j:image
再び今日。
上の写真の木の後ろ方面。
鉄路と離れ、間もなく河原田川とも別れる。
記憶に残るせせらぎの音は、このあたりの流れの音だった。
北上夜曲もこの付近からの記憶なので、聞き続けていた川音との別れから、
♪匂いやさしい、白百合の、濡れているよな、あの瞳…がはじまったようだ。

かつての輪島での卓話

f:id:umiyamabusi:20170131163313j:image
2010年12月21日、ポロライド写真
f:id:umiyamabusi:20170131163312j:image
2013年10月22日
f:id:umiyamabusi:20170131163310j:image
2016年3月22日
2010年以前にも、1、2度お話しする機会を与えられた。