野辺の送りーあなたが、この世で、私に会ってくださいましたー

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北國新聞」7月20日朝刊

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虚子、一茶、千代尼、一人一人の話しはそれぞれに一日分くらいある。

短い文だが、私を含め、何人もの方々のそれぞれの別れを思い浮かべながら書いた。
そして、身近な別れがあった方に、あなたと共に書いたつもりですとも言った。
「会ってくださいました」には、さまざまな他力がこめられている。

おかげさまを、考え、
思うことが出来る、ゆったりした時を持てるためにも
…の願いにうながされて、と格好をつければ、そうなるのかも知れない。


「あなたが、この世で、私に会って下さいました。」には、小式部を先に送った
和泉式部がたどり着いたという境地、
「先立ちてあだにはかなき世を知れと、教えて帰る子は知識なりけり」もある。


「願いを私にかけ続けておられた」た方々は、生死を分けた人ばかりではない。
お元気でおいでるのだろうが、もう会うこともない多くの人を含んでいる。


何人かから、お電話をいただいた。


一茶や千代尼とは、句から一緒に考えたが、
虚子が親鸞聖人の「自然法爾」と同じ境界に至ったのは、
虚子の書いた「落ち葉降る下(もと)にて」に記されていることを、つい近日知った。
膨大な虚子の著作の中でその文を探すことは難しいだろうし、
しばらくすると関心はほかに移り、そんな文があることも忘れるだろうと思っていたのだが、古い本を整理していて、
父が学生時代に購入した改造社版『伊藤左千夫集・長塚節集・高濱虚子集』に、その文があるのを見つけた。

父の願いが、今、私に届いているのだと思った。
「私に願いをかけ続けているのだ」と思う。


時の流れの中で、出会い去って行った多くの方々も、
間違いなく、
この世で、願いと共に会って下さった方々なのだ。

経緯

「野辺の送りー経緯」
この記事だけ見ていたら、どういう場に用いられているか、新聞を取っていない人には分からないと思う。

次のような一面が、連休(新聞休刊日)明けには現れるのである。

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