長山直治さんの歴史学を追想する会

19日(日)、金沢KKRホテルで、タイトルの会が催された。
どれが専門とかは、面倒なのだが、5学会にも顔を出さなくなって久しく、特に近世史の方々で存じ上げている方は少ない。
案内(発起人5人のうち、4名に面識があった)があった時点で、参加させていただくことにしていた。
もちろん、長山さんを追弔するのが目的だが、どのような方とお知り合いだったのかも知りたかった。
6人同じテーブルの6人の中で昔お会いしたことがある方が1名、あとは知らない方ばかりだった。全体でも名簿を見ると2割ほど知った方がいる程度で、研究者の広がりを思う一方で、ずいぶん、遠くに今の自分がいることを思った。
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一部の想い出、長山氏の研究業績分析の発表ー①加賀藩研究のこだわり、②後期政治史研究についてーの中で、多くの著書・論文を整理され、桂書房から刊行された『寺島蔵人と加賀藩政ー化政天保期の百万石群像ー』『兼六園を読み解くーその歴史と利用ー』『加賀藩を考えるー藩主・海運・金沢町ー』を長山三部作と捉えている、と木越隆三氏が発表。何とか3部作となると、すごく納得。
私には塩の長山さん…
彼に頼まれて、大塩平八郎の関係で研究会の方々を案内したことがあるので、それも加えても「塩」の長山さんだ。
二部の、食事会でお話しなさる方々の多くも、涙ぐまれたり、言葉が詰まったり…長山さんとの深い繫がりが感じられた。



初期の研究、多くの市町村市にお書きになった塩の研究をまとめるか形でお書きいただいた『能登揚浜塩田』は確か300部限定だったため、周りの方々にお聞きしたところほとんどがお持ちでなかった。
どうするか、刊行主体の塩田村館長に電話したところ、すでにというか遅きに失した感もあるが、一般販売用の予算が付いているのだという。
それをどうするか相談しなくてはと思っていたときに、長山さんの逝去をしった…とのこと。
何度か相談があると言われていたのは、そのことだったのだ。
まさに
明日在りとおもふこころのあだ桜…だが


長山さんが、世界農業遺産の重要な核である揚浜塩の中核に関わる仕事をなさってきた、その成果をもっと広く知らせていくことが、今、問われている、と思っている。
追想会から始まる歩み…。