倉本四郎氏著『本の宇宙あるいはリリパットの遊泳』の「黒壁」

黒壁は週刊ポストの3ページ書評として定評のあった、ポスト・ブックレビューでも紹介された。
週刊誌は手元にないので、
ブックレビューをまとめた『本の宇宙あるいはリリパットの遊泳』倉本四郎著、1986年(昭和61)平凡社刊から引用する。
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金沢民俗をさぐる会編『都市の民俗・金沢』p98

(前略)金沢へ飛んでみた。
とりあえず野田山へむかった。
執筆者のひとり向井英明氏によれば、犀川の川むこうに位置するこの山には藩主・前田家の墳墓群がある。
外縁には黒壁・高尾・倉ヶ嶽といった魔所がある。
いかにも川むこう=異界にふさわしい空間とみえたからだ。
案内してくれたのは、西山郷史氏である。
本巻では金沢に盛んな天神信仰が、
藩祖・利家の神格化と結ぶ過程を分析、ここから都市型信仰をよみとって展開している人だ。
山頂ちかくの車寄せから、墳墓群に入った。
圧倒感があった。
ともかく大きい。
木棚で囲い鳥居を構えた広い敷地に、ほぼいっぱい台形に土が盛られている。
表に石を敷きつめ、塔婆はない。かわりに松が植えられている。
「ハカマツ、という」と西山氏に教えられた。
これも大きい。
まわりに繁茂する木々をぶち抜いたようにも生え育ち、樹冠ははるかに上だ。
それらが山頂を埋めつくすようにひろがっている。

必然、暗かった。
たどり歩いていると闇のふところに入った気分になっていく。
圧<お>されるように車寄せに出て、気がついた。
眼下に金沢の街並みが見える。
そこは四月の柔らかい光に領されている。
墳墓群は、それと正対する位置を占めているのである。
つまり、野田山は光の空間に対する闇の空間を構成しているのだった。

あざやかな対照といわねばならない。
かりにこれが「意図された」構図だとすれば、
ここに埋葬するよう指示した藩祖は、
都市人の発生の意識を正確にとらえていたというべきだ。

意図されたふしはある。
魔所のひとつ黒壁は、墳墓群さらに奥にあるが、
これはもともと利家が金沢入城のおり、それまで本丸にあったものを排除し、移したものらしい。
解説の宮田登氏によれば、それによって「川の向こうが異界として定着していく」ことになるのである。

その黒壁に入った。
泉鏡花の初期の作品『黒壁』は、ここで「丑の時詣」をする艶婦をのぞきみる筋立てだ。
なるほど、にわかに山が深い。
崖下に社殿がみえる。
祀ってあるのは九万坊権現。
これが昔、社殿奥の山頂から出現したという。
闇は闇を重ねているのである。

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1984年4月12日(木)、右・倉本四郎氏。兼六園前の坂で。
金沢、黒壁・九万坊