日本最古の年号が記されている輪島市日和山方角石

f:id:umiyamabusi:20060218235254j:image
以下輪島日和山と方角石2005年4月5日撮影
f:id:umiyamabusi:20060218235350j:image f:id:umiyamabusi:20060218235413j:image f:id:umiyamabusi:20060218235434j:image
「幸神」
塞の神と見られている。
となると
どことの境界か?
f:id:umiyamabusi:20060218235634j:image

門前町史』民俗編に輪島の方角石が「日本最古とされる」と書いた。
このことは
「ものとの人間の文化史60」『日和山』140pに、
昭和53年10月31日方角石が発見されたいきさつが書いてある。

年号は享和4年(1804)春で、現存する方角石中最古のものとなった。
すなわち、いままでのもので年号の銘のある最も古いものは文政五年(1822)の鳥羽や大的矢、小的矢の方角石であるから、
この方角石の発見によって、
その上限が18年上がったことになる。

とあり、
11月15日付の読売新聞に方角石についての記事が載ったことが書いてある。
f:id:umiyamabusi:20060218235152j:image
日和山
 

日和山』は、著者・南波松太郎氏が20年間全国の80余ヵ所の日和山に足を運んで書かれた労作である。
そこに紹介されている輪島日和山方角石が、
今のところ日本最古の銘がある記念すべきものだと記しても差し障りがない。
アピールすべき文化財だ。

ところが、このことについて、あまり認識されていない。
たとえば『図説輪島の歴史』(平成15年刊)には、
日和山と方角石」のタイトルで書かれているのだが、
「方角石は県内にこの他に富来町福浦に弘化4年(1847)銘のものと二基確認されており、輪島市のものが県内最古といえる。」
とあるのみである。
日和山』を目を通していないのでは…
と思わざるを得ない。

能登国三十三観音のたび』p129には、
「年号がわかる方角石としては日本最古のものである。」と記した。
文献記録上からは酒田の方角石が安政6年(1794)とあるそうだから、
南波氏のように、
「いまのところ最古の銘がある」
とすればよかったかも知れない。


能登は海と共に歩んできた。
そういう意味で「日和山」は重要なキーワードだ。
論議を重ねなくてはならない…のだろう。