新書版 「能登」を冠した書物


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能登と加賀の板碑文化』昭和33年10月25日、石川県図書館協会発行。
著者桜井甚一氏。

桜井氏は、終戦間際には特攻隊員だったという。
特攻隊にも航空機と魚雷( 人間魚雷といった )があった。桜井さんは人間魚雷の方だった。
特攻に出る直前に終戦になり、
先に散っていった同僚の追弔の念止みがたくこの分野に入って行かれた、
ということを、本で読み、御本人からも聞いた。
そういう背景もあって、一字一字に魂・叫び…が
籠もっているような名著である。
平成5年3月に復刻された。


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国定公園能登金剛』昭和46年6月1日北国出版社刊。
著者中谷喜太郎。
著者は富来町(現在高浜町)地頭町の人。
富来、羽咋高校校長などを歴任。
能登金剛』は金剛のある富来町教育長時代に執筆なさった。


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七尾市文化財 能登咄でか山まつり』昭和47年5月1日菊沢書店刊。
著者田中政行。
菊沢書店は七尾市にある古くからの書店。
田中氏は七尾城史資料館専門委員などを経て、
執筆時は嘱託七尾城史資料館勤務。
このような地道な本があって、でか山は国指定(昭和58年)になっていった。
石川の重要無形民俗文化財
「重文・気多の鵜祭の習俗」参照


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能登総持寺』昭和47年8月10日北国出版社刊。
著者佃和雄氏。
佃氏については別の日に触れるつもり。
この本以外にも多くの著作があり、そのうちの一冊の増補版を今夏にも出す予定である、
と昨年末におっしゃっておられた。
ソウジジのソウは、総持寺總持寺の2種類を目にする。
今までは総持寺で通っていたが「總」も目立つようになってきた。
宗教法人上では「總」で記載されているためだという。


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能登石動山』昭和48年3月31日北国出版社刊。
執筆桜井甚一、清水宣英、濱岡賢太郎、田川捷一。
研鑽しあっておられたメンバー。よき時代だった。


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国定公園能登門前』昭和48年4月25日北国出版社刊。
前出中谷喜太郎氏著。
国定公園能登半島のブームに乗って、次々このような能登を冠した本が出版されたのだろう。
能登半島国定公園になったのは昭和43年のことである。
高岡の雨晴海岸、二上山なども含まれている。


多くの人々が能登を訪ねる中で、次々に企画された新書版。
書ける力を持った人が多くいたのだ。
その他に『能登守の弁』若林喜三郎、
能登が後づけになっているが『半島能登の味』四柳嘉孝がある。


これらの本を地域別に見ると、鹿島(中能登町)、七尾、富来(志賀町)、門前(あと2日で輪島市)。
( )内が現在の地名だ。
時の流れを感じると共に、このシリーズに続いて他地域の本が出版されなかったことに一抹の寂しさを覚える。


それぞれが中身の濃い、凛々しい本だ。
追随、できなかったのだろうなァ…。