『能登国三十三観音のたび』

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執筆:西山郷史(さとし)、上陽子(かみ・ようこ)氏。
装幀:西のぼる氏。
発行:NPO法人能登ネットワーク。
発売:北國新聞社、1200円+税60円=1260円。


装幀は、中高校同窓生のよしみで、
著名・多忙・売れっ子の西氏にお願いした。


16日に出来た本は、
本来、今年の3月に出ているはずの本だった。


その時点では、まだ計算があった。
というか、出来る限り調べて後悔しないようにの欲が出てきており、
少しずれ込んで、3月には基本的な体裁が出来あがればよい、
5月半ばには一冊できあがり、能登がアピールされるはずだ、
と意気込んでいた。


幅広い視点でさわやかな文章で書かれた上陽子さんのエッセイ
「ぶらりスケッチ」は、3月出版に間に合うように原稿が届いていた。
………それが12月?。


出来上がって
ホーとしたら
すぐ、このような後悔が湧く。
勝手なものだ。 

能登を扱った書跡

ところで、能登を扱った本はどの程度あるのか…?


江戸時代には能登を冠した本はいっぱいある。
能登名跡志』を始め、
能登日記』
能登一覧記』
能登浦伝』
能州紀行』
能登紀行』
能登志徴』など…。
 

それが、最近では、今から35年前に『能登半島毎日新聞社
27年前に『のとー海と土と人とー』北國新聞社が出てから、
一昨年能登空港開港記念に『能登のくにー半島の風土と歴史ー』(吉岡康暢、西山郷史編:北國新聞社)、
能登燦々』(藤平朝雄、渋谷利雄:中日新聞社)
がある程度なのである。


能登のくに』の民俗編20項目は、能登空港をキーワードにして交流に主眼を置いた項目立てにした。
 交流以外の能登もたくさんある。
次々に展開しなければならない。


そういう願いの一里塚でもあった。
だから、能登空港開港丸2年の7月7日には、
能登三十三観音のたび」を何とか出版したかった。


それが、12月16日にようやくホテルの地下駐車場で出来上がった本との対面とあいなった。


遅れた分、
表紙も含め出来る限りを追求した内容になったとは思う。


遅くなった理由については、
出版関係の仕事に携わったことがない者としては、本当のところは分からない。
ただ、担当の方は、雪の中に本を運んでくださったり、
熱心に対応してくださったのは間違いない。


本にも色々ある。
これが学術書・研究書だったら、遅れるのはよくあることだ。
研究書は、筆者が多く買い取り、かつて献本として本を頂いた人々や研究仲間に配るため、広い意味での自費出版だと喝破した出版人がいたが、
今回の本はそれに近い本のようでありながら、NPO能登のメンバー約50人の切実な願いが籠められている本なのだ。


自分で企画し自分で出版費を捻出する本だったらどんなにか助かっただろうか、
なかなか形になってこない8月頃から、そういうことを考えるようになっていた。
7月に出来ていれば、NPOの今年度企画にこの本が生かせるはずなのに、
ここまで遅れてくると彼らの計画に支障が出るのではないか…、 
9月の声を聞く頃には、ずーーと、そのことが頭から離れなくなった。


もう出来る、もう出来ると、何度言ったことか…。


初刷りなので本屋さんに並ぶのはもう少し先だろうが、出来てホーーとした思いと…、
これだけ遅れてしまった見込み違いの責任は、
編集を引き受けた自分にある。
どういう形でお返ししていけるのかを考えなければ…
との思いが交錯している。


その前に、まず、多くの人々にこういう本が出たことを知ってもらわなくてはならない。
 

能登」を冠し、
33観音とそれを取り巻く風土は
あくまで能登の魅力に出会うきっかけ、入口であることを目標にして作った本が、ようやく表に出てきた。