代田(しなんた)法事相ー志賀町

タイトルは今朝の新聞記事。
詳しくは「代田法事の相撲場跡に記念碑」とあって、
志賀町光済寺(真宗大谷派)の法事が10月23日、24日に行われ、
その日は代田法事といって、境内で盛大な相撲が行われた。
(代田法事は)羽咋法事、七尾法事と共に近在有数の法事だった。
その時は露天商が並び、加越能の力自慢が集まり盛大な相撲が行われた。
この度、広場にかかって道路が通るため、開通の17日に合わせ、代田相撲の記念碑を建立することになった。」
と、こういう記事である。


代田と書いて「シナンタ」と読む。光済寺のある地名である。
法事とは報恩講(引上会〈いんじょうえ〉)で、
その満座には草相撲が行われた。
シナンタ相撲は10月24日だったのか…。


羽咋法事、七尾法事は、これだけでは分からないが、
羽咋法事は9月25日の唐戸山相撲。
「水なし・塩なし・待ったなし」で知られ、現在も盛んに行われている。
今は、唐戸山神事相撲といい、羽咋神社の神事相撲のように言っているが、本来は、本念寺(真宗大谷派)の引上会満座相撲だった。


七尾法事は、11月3日。
愛宕山相撲といい、現在も行われている。
かつては、明治節相撲、その前は天長節相撲とも言ったが、
これも光徳寺(浄土真宗本願寺派)の満座相撲である。


この他にも、草相撲は各地で催され、力自慢が各地を転々としたものである。
それが廃れていった経緯は、鹿島の観音相撲や御花畠の相撲を通して見た(『鹿島町史』民俗編・p1106~7。西山著)。