外海船船主青木屋・青木旅館
2007年11月4日、調査・撮影
調査者・本谷文雄(石川県立歴史博物館学芸員)氏、西山
この年の3月25日能登半島地震、余震も続いていた。
道路拡張のため立て替え予定の建物に古さを感じるとすれば、地震の傷みによるものである。
左側にも旧家があったが、工事用プレハブが建っている。
この玄関には、燕の巣がたくさんあったように記憶している。
「非職元石川縣警」部飯田警察署長」熊木縣士族馬原」暢蔵君處有品」
之所同君明治二」十一年九月之在」勤地引拂一旦」出京之際附属」卓トモ平素格別」交誼之處ヲ以」青木善六」慰留之」
とある。
2007年11月4日、午後5時2分に南町通りを通ったバス。
男女飯田高校生が少なくとも10名は乗っている。
能登中央バスとある。
材木の束を浮かべ運んでいるかのような絵。
何の様子だろう?
これは布袋さん
調査中の本谷文雄氏。
船主・青木屋
船霊ー和船に乗せていたもの。
結った女性の髪である。
○青木屋、安政6年船ダンス記事『海の道と川の道・補遺』歴史の道調査報告書 第6集、石川県教育委員会・平成11年刊
安政6年(1823)佐渡で作られた青木屋の船ダンスについても触れた。
○青木旅館・飯田スメル館、赤木圭一郎・吉永小百合、2009年12月28日ブログ