寝台特急「北陸」・急行「能登」の思い出、内灘海岸

3月14日(日)金沢


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写真はたぶん「雷鳥


13日訪ねた中能登町珠洲を往復して金沢に向かうより、
ゆっくり休もうと金沢でビジネスホテルをとったのだが、
線路のすぐそばの部屋だった。


一晩中列車が通り過ぎる音を聞きながら
2日前に引退した夜行列車、
「北陸」「能登」を利用した日々のことを思い出していた。


夜行急行「能登」に初めて乗ったのは、18歳の時、静岡駅からだった。
その頃の「能登」は、東海道米原経由の夜間急行だった。
確か静岡駅発が0時丁度。
その時はすごく混んでいて、デッキまですし詰め状態。
腰をおろすことも出来ず、デッキに立ったままウトウトし、
膝がガクッととなって目を覚ますーを繰り返した。


終点は金沢だったはずだが、
デッキでガクッとなったこと、
その時、馬が立ったまま眠るとガクッとなるのだろうか?と、考えたことだけが記憶に残っている。


その後、「能登」は上越あるいは信越回りになり、4人掛けと寝台部が連結した夜行列車になったはずだが、もっぱら4人掛けの座席で東京に向かった。
空いていれば横にもなれたし、通路で寝たこともあった。
寝台の印象は「北陸」なのだが、3段ベッドと個室とが同じ料金だということをいつからか知って、
それからはもっぱら個室利用の東京(上野)行きとなった。
何でも経験とばかり、シャワーを使ってみたこともある。


2日前、この部屋で泊まった人は、夜行寝台を見送ったのだろうか…。

内灘海岸。

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