「石川県立白山ろく民俗資料館」(白峰民俗村)へ。そして「たこ焼き」
16日。民俗村
杉原家。
思い起こしてみると、民俗村をぶらりと訪れた時、
この杉原家でイベントが催されていた。
勧められるままに、
確か炒り粉をよばれた。
その時、説明していた方が山口さんだった。
そこから
この地域との
つき合いが始まった。
この度、真宗講座で来ていただいた
林源常さんも、その流れでのお付き合いだ。
あれから何年の時が流れたのだろうか
この白峰の日々だけでも、おおきな変化があった。
幅広く、そして深い時が流れていく。
全く暑い。
白峰は白山麓だから涼しいはずだ、の思いこみのもと、
夏スーツ姿で民俗村を歩いた。
暑いのは体調が悪いせいだ…と思っていた。
あるいていて、気づいたのが、杉原家以外は、ほとんど記憶がない。
これも、新たな驚きだった。
長坂家
小倉家仏間(お内仏)
表道場。道場仏間。
こんなところに、道場があった。
8組、紫会を引率して白峰を訪ね、
林道場なども訪れたのに、
もとの姿を残し続ける表道場を案内しなかった
道場があるとは…
ちゃんと歩かないで、民俗村を知ったつもりでいた、こちらのミスだ。
後悔…。
ところで、仏間には、
「達如上人滅後之言」や「信心数え歌(知らなんだ数え歌)」
が貼ってある。
「一トサ 偏(ヒトエ)ニ五劫ノ御思案モ我身ノタメトハ知ラナンダ
…
二十トサ 二世モ三世モ付添テ離サヌ親ヂャト知ラナンダ」
これは、節談説教に用いられて有名、
というか、『大系日本歴史と芸能 踊る人々』(平凡社)のビデオに広陵顕純師が
この部分を語っているので、多分知られているのだろう、数え歌。
確かめのために、その本の翻刻を見ると、一から十までが載っており、文句も違っている。
アレレ…??
では、民謡になっているのが、あったはずだ
(捜せど見つからず)
見つけた。
テキストは『民謡緊急調査報告書 石川県の民謡』昭和56年石川県教育委員会編集・加能民俗の会発行本。
尾口村「数え歌」
○アーアー一つとせいエー 必定(ひつじょう)地獄と聞きながらエーうぬぼれ心にだまされて落ちるこの機ということは ほんに今まで知らなんだエー(尾添)
アレ、これも違う。広陵師のに、ほぼ近い。
もう一度いって、ジックリメモしてこよう。
長坂家へ向かっている時、
坊守会の講師依頼の電話が入った。
年、五回の学習会だという。
返事は、巡り終えてからすることにし、
民俗村とお返事をダブらせながら、村を歩いた。
あとで考えたのは、年度が始まってもう20日近く、
今頃講師を捜しておいでなのも気の毒だ…ということ。
それに、講師を見つけるまでの御苦労を、このところ聞いてきた。
この道場は、その中で訪ねたのだった。
巡り終えて
お引き受けした。
勉強しなければ…
「錦が滝」(訂正・綿が滝)の音が聞こえる「たこ焼き屋」
16日。白峰へ向かおうと思った時、昼食にラーメン…が浮かんだ。
鶴来で、ほぼお昼時になった。
ラーメン屋がどこにあるか分からない。
そこに白山麓の「たこ焼き」を思い出した。
なんとかたこ焼きを食べたい。
通り過ごして、バック。
ありつけた。
朝から、最初の食事?がたこ焼き。
汗とで痩せるかも知れないと
さもしいことを考えた。
この素朴な飾りの中で、外からも中からも暑くなりながら
おいしくいただいた。
食べていると、どこからかすごい水音がする。
後ろに行ってみると、大きな滝が見える。
お店の人に、後ろの滝は名があるのですか?と聞いた。
「錦が滝」ですよ。
えええ!!
鳥越の錦が滝と同じ名の滝があるんですか?
鳥越から行ったらある、あの滝ですよ。
反対側から見ているだけで…
深山幽谷近くに、たこ焼き屋があると、疑いもせずに思っていた。
まだ鳥越の向かい側にしか来ていないとは…
白山麓のふところの深さをあらためて知った。
たこ焼き屋に、来週訪ねようと思っている、城端別院のポスターが貼ってあった。
県内で、今のところ見つけた唯一のもの。
「手取川ダム」
これは
手取川ダム。
ここも、じっくりたたずんだことがない。