俊寛伝説を探るー富来郷土史研究会

久しぶりに市外でお話し。
今日は、午後から富来町でお話しする。

会長さんから電話があったのが1月22日。
富来町郷土史研究会では、2002年から4年にかけて12月にお話しさせていただいた。
会員はその後、泊まりがけで忘年会に出かけられる。
毎年、和気藹々(あいあい)とした雰囲気を、いいなあ、と思いながら、白波の立つ増穂の浦を見ながら富来を後にした。


それが3年ぶりに、春一番( とは言わないのだろうが )での依頼のようで、
演題どうしますか?とおっしゃるのに、何を今まで話したかを振り返りもせずに、
俊寛伝説を探る」でどうでしょう…とお答えした。


新聞で民話を連載したとき、13話中、冨来関係では、白比丘尼、龍灯、千ノ浦又次、腰巻き地藏の4話取り上げた。
虫ケ峰界隈と俊寛は、気にしつつ調べていなかった伝説で、私にとって霧に包まれている話の一つだった。
このことを論文にした人もいないようである。
 

最近
俊寛については、『能登国三十三観音のたび』でかなり調べたし、
伝説地である冨来の熊野地区へも時々おじゃました。
もう一つの伝承地、小矢部市宮島の俊寛塚も昨年見ることが出来た。


それらをとりまとめてお話しできればと考えている。