氷見市一刎~笠池ヶ原~鶴来別院~歌占の滝~白山~赤尾行徳寺~城端別院~宗守~井波別院(8組坊守会研修旅行)



25,26日能登教区8組坊守会研修資料。
25日:氷見市一刎~津幡町笠池ヶ原~鶴来別院~歌占の滝~白峰・望岳苑から白山
26日:白山スーパー林道・ふくべの滝~赤尾行徳寺・道宗さま・版画とで4枚~城端善徳寺虫干法会3枚~宗守蓮如清水~井波瑞泉寺太子会3枚

一刎八幡宮 蓮如上人九字十字

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一刎(ひとはね)蓮如上人足跡最北地。
「一刎八幡宮縁起」に
蓮如上人宝徳元年、御年35歳、
祖師旧跡を巡拝なされ、そのみぎり、当社に詣せられ、三日間ご逗留、
御出立のみぎり、神前の両柱に、一方は「南無阿弥陀仏」、
一方「帰命尽十方無碍光如来、南無不可思議光如来」九字十字の尊号をお書きなされ
四月十七日とご染筆ましまして…」とある。
鹿島郡誌』には、文明年中
「一刎から指ヶ峰に至り、能登の地を望み、能登は有縁の地、後日必ず仏法興隆せん、と」
ここから越中に引き返した。
この道を「蓮如道」というと記されている。


有縁の地とは烏帽子親、広橋兼郷の荘園=若山荘がある地をさすのだろう。
八幡神社は建て替えられた。
柱のご名号は、現在こういう形で守られている。

笠池ヶ原 蓮如上人お手植えの大銀杏

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蓮如上人お手植えの大銀杏。
笠池ヶ原には、寺屋敷、蓮如上人の飲み水、蓮如さまの田、お花松などが伝わる。
仏法を聞きにデテコイ、デテコイと鳴らした太鼓が
町指定の「デンデコ太鼓」
蓮如上人を見送った「見送り太鼓(蓮如太鼓)」がある。

鶴来別院

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鶴来別院では、御法話が行われていた。

歌占の滝

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歌占の滝での参加メンバー。善男善女。
前日までの激しい雨で、これだけ豊富な水量を見せている滝も珍しい。
親子が再会するきっかけとなった歌は
「鶯の卵 (かいこ) のなかのホトトギス しゃが父に似て しゃが父にあらず」
というものである。
これを読み解いていくと、親子が巡り会っていることになる。
占いとはいえ、それなりの格調を有していた。

望岳苑からの白山

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宿舎、「望岳苑」の部屋から望む白山。その名の通り。

白山スーパー林道 ふくべの滝

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前日のこの時間は豪雨のため通行止めだった、白山スーパー林道、ふくべの滝。水量が多い。
岐阜側には、蓮如茶屋、蓮如台という休憩場所がある。

赤尾 行徳寺

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赤尾の行徳寺。山門。坊守さまから御法話をいただいた。
ただただ、頭が下がった。
48本の薪の上で寝、目が覚めるたびに仏恩報謝を思っておられたとういう道宗さまの像。
普段は家紋入りの袈裟を着ておられる。
次の版画は、棟方志功が彫った。
道宗さまの話を、志功は、感動で涙と鼻水で
グシャグシャになりながら聞き入ったという。
その思いが伝わってくる絵。

城端別院善徳寺 虫干法会

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一枚目は「夏のお文」のお説教とお文拝読。
ずっと合掌なさったままの方もおいでる。
虫干法宝物は、約40点の県指定文化財などを10ヵ所で展示。
三枚目の写真は「竹之間」伝兆殿司画「寒山拾得」図。
このように数名でも係の人が解説してくれる。

後堂控之間で売っていた「石摺の名号」500円、
と本堂で「観経のこころ」正親含英著、「生きる力」梶原敬一を購入。
「観経のこころ」は、昭和52年刊のもの。
ここでの講義録だったので手に入った。

宗守 蓮如清水

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宗守の蓮如清水。別名榎木塚の清水。
この清水については、『二十四輩順拝図絵』に詳しい。

井波別院 瑞泉寺

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明徳元年1390、本願寺5世綽如上人創建。
蓮如上人を本願寺八世に推挙したという叔父如乗もこの地にあって二俣本泉寺を開いた。
道宗ではないが、年に一度は訪ねたい (お礼を遂げたい) お寺である。
太子会は本堂左の太子堂で行われている。
お文第1帖目第3通「猟漁」のお文の具体的な姿の一つに太子信仰がある、
と考えている。
その原点の太子会にかすかに出会えた。