坂下喜久次氏著『七尾城と小丸山城ー能登の中世戦国史ー』

昨年の10月2日、坂下喜久次さん夫妻がヒョイと、まさにヒョイという感じでお越しになった。
前日、飯田町で「おわら」の町流しがあり、そこに奥さんが参加されておられたようで、夜遅くなったので三味線を置いて行かれた。
それを取りに来られたというのが、表向き。
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このような本を出しました。と、くださった。


エエエ…!!!、という感じだった。
こういう本があればいいなァと思っていた、まさにそんな本。
望んでも、現実に出来ることはないだろうと思っていた内容で、
基本史料がキシッと収められている820p余の大著。


帯には
「1600点の史料が映し出す中世能登の”真実”」。
後書きには、松浦五郎氏と意見の一致を見、大林昇太郎氏の『七尾町旧話』に意を強くした、
と書いておられる。


地道に着実に仕事をなさった方々の名を挙げ、
帯に”真実”とお書きになった。
そこに、坂下さんの万感の思い、長年の御苦労が込められている。

  

推薦文・網野善彦先生

網野善彦先生は、推薦文に
「近年、各地で地域学の確立・発展が盛んに強調されている事実の物語る通り、
それぞれの地域の個性・特質を生み出した歴史を正確に認識することこそ、現代を誤りなく生きるために不可欠であることが、広く世の共通した理解となりつつある。
本書は能登に即して、この課題に正面から応えた文字通りの労作であり、
この地に生まれ育ったすぐれた教育者坂下喜久次氏が長年にわたって力を注いでこられた、能登の中世に関する調査・研究のすべてのまとめ、結晶ともいうべき大著である。」
そして「能登を愛し、その生活の隅々までを大切にして、細部にわたり調べ抜いてこられた坂下氏ならではなし得ない研究成果であり、
余人のたやすく及び難い、本書の重要な特質ということができよう」と
絶賛されている。


まさに能登を愛した希有の才能が一つになり、結晶となった推薦文だと思った。


この推薦文は平成14年1月20日にお書きになっている。
先生は、平成16年2月27日にお亡くなりになられた。
そして、この本は平成17年9月に発刊されたのである。
 

12月21日千田氏の家へ寄った後、輪島を回り、
千田一路氏宅へ
その後、
能登町宮犬の坂下喜久次さん宅を訪ねて、
能登国三十三観音のたび』をお渡ししてきた。



突然、お訪ねしたにもかかわらず、
上がっていけとおっしゃるので、おじゃました。
どんな環境の中で、あの大作、労作が生まれたのかを見たかった。
この家で『七尾城と小丸山城』が出来上がったのだ、
と感じるだけで胸が高鳴った。


毎日午前2時までワープロを打ち通しだった、
と坂下先生は語られた。
近くの弥勒院のご住職は、
一晩中明かりがついていた、とおっしゃっていた。

坂下順一郎さんの願い

心血を注がれた本が出来上がるまでに、
悲しい出来事があった。
坂下先生には、
御息子の小木小教諭・順一郎先生がワープロを教え、
また大著の早い完成をめざしてワープロ打ちを手伝っておられた。


網野先生の推薦文が出来てから1年と10ヶ月、
平成15年11月22日、
タイヤの目のないトラックが猛スピードでセンターラインをオーバーし3台の車にぶつかった。
その被害にあった1台が順一郎先生の車だった。
51才。
奥さんと4人のお子さんと、喜久次先生、お母さんを残して、
順一郎先生は還って逝かれた。


あとがきにこう書いておられる。
「(息子・順一郎は)トラックに衝突される交通事故に遭い、残念無念急死しました。
生前賜りました御恩情に感謝を致し深く御礼を申し上げるものです。」


もう、涙で書けないのだが…もうちょっと…


2月1日、免許書の書き換えで珠洲署へ行ってきた。
その時「車社会に生きよう」と題する文集をいただいた。


そこに「息子坂下順一郎の死」と題する喜久次先生の文があった。
「息子の妻が『あんたどうしたが』と尋ねると、
『俺は正しく運転し走っていたが、トラックがセンターラインをオーバーしてぶつかってきた、腹が痛く残念だ』
と苦しそうに答えた。
『でも手術をすれば大丈夫。なおるから頑張ってね』の励ましに、
『うん、がんばる』の一声を残して手術に向かった。
これが夫婦の今生の別れとなった。」


「妻は息子の4人の子供を枕元に寄せ
『お父さん、子供が来ているよ』と声を振り絞り、
みんなで呼ぶと本人は目を開けようとしてか、
まぶたをビリビリと動かした。


『お父さんが何か言っている』と妻が叫んだ。
すでに心肺停止した状態だが最後の別れを告げる奇跡を起こしたように思えた。」


網野先生の序から3年6ヶ月。
74才からワープロを打ち続けた坂下先生、
一人一人の願いが籠もった金字塔となる書物が世に出た。


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