真宗教学学会「高山大会」ー於・高山別院ー

テーマ-・報恩講-伝承から新たな伝統へー
が18日に開かれた。
教学とか教学者と聞くと別世界の人たちが関わっている場のような気がしていた。
テーマーがテーマーだけに、
そして、草野顕之氏の講演なので、
なんとか会員になって聞きに行きたい…。

その思いが叶って、混じることが出来た。

17日午後4時に珠洲で石川県教育振興会の講義を終え、高岡へ向かった。

大谷大学真宗学へ進学した高校の同級生は、
高岡で住職をしている巴陵君しかいなく、
大学生の頃から、教学イメージを彼および彼の周囲・友達から受けていた。
挨拶代わりに寄り、夕食をお呼ばれし、砺波泊。
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朝食時は、世界を旅している気分。
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尾神○洞門を次々に通り、尾神橋を渡る。
再建悲話の尾神岳は新潟県頸城郡だが、
名が同じなので粛然とした気分になる。
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御母衣ダム、荘川桜。
照蓮寺嘉念坊像→(高山城趾照蓮寺)→高山別院照蓮寺。
これから行きます。
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18日。
午前中研究発表。
午後お二方の講演。
テーマーが、伝承から新たな伝統。
もっとも伝統を残してきたはずの能登でも、「改悔批判」が教務所報恩講においても行えなくなり、
蓮如上人が語れ語れとおしゃったところから系統化されたであろう「御示談」も数年前から失われた。
これらの習俗は、しっかりしたカリキュラムに基づき行われるものだった。

節談説教はCDなどに残されているし、残そうとする試みもあるが、
住職が率先して懺悔し(布教僧が住職代理の形をとって説教する)、他の僧俗が声を揃えて「改悔文」(真宗聖典P853)」を高らかに唱和する「改悔批判」説教や、
御示談ーこれも男女別々の決まった発問の形が在り、最初の一言を出しやすいような仕組みがあって、まずその一言から、徐々に同行とやりとりが出来るようになるーなどは、もう出来る人がいないのだから、音声では残すことができない。となれば、せめて記録に留めておかないと…、
門徒参加の大事な行事があったことさえ、忘れ去られる恐れがある。

高山での報告では、伝承の内容については触れられなかった。
そういう意味では、どう報恩講を再構築していくのか、
門信徒との関わりという点での問いかけも必要だろうし、
あらためて、御崇敬だけではなく、末寺報恩講行事の記録を形にして残しておかなければならないと感じた。

会長・小川一乗先生の挨拶の豊かさ、
午前中の若手発表者の真摯さ
午後の講演、草野顕之氏、鶴見晃氏の専門性の豊かさ、
司会の方の柔らかさ、高山教区駐在さんの親切さ

お斎の、シオケメシ・大根を用いる料理の地域の味、そして作ってくださった方々のいききした姿、
など、出かけていってよかった、と思えることがほとんどだった。
特に報恩講料理と言えばアズキなのだが、高山では小豆は用いない(と隣に座った御住職がおっしゃていた)そうで、新たな出会いである。


まず、草野氏の発表があるから行こう、会員になろうと思ったので、
たいした発表はしないのに、わざわざ能登から…?、と草野氏が言うので、
連れ合いの先祖が高山・小鳥郷出身なのでその地を訪ねたくて…と言い訳。

学長さんご苦労様、元気なんだね…を確かめ、見に行ったはずだったが、
上手く伝えられなかった、
というか、「教如上人」DVDなどで、
こちらが一方的に草野氏を知っているのかも知れない。

オシッチャ、2度の報恩講

そのあと、隣に座っておいでた御門徒の女性が、オシッチャってどういう意味ですか、とか
2回報恩講をなさるお寺があるのですが?
と質問というか話しかけてこられた。
オシッチャは御七昼夜のこと、
能登でも引上会(いんじょうえ)報恩講と御正当報恩講を行う地域が在り、それは伝承では本山から百里以内の地域であることー
いつまでかは分からないが、末寺住職は必ず本山報恩講にお礼を遂げ、改悔・報恩のために御真影親鸞聖人)の元へ向かうことになっていたが、100里を越えるところでは御正当報恩講が許可され、100里以内の寺庵でも本山に出向かなくなってから、2度営んでいるところもあると、お話しした。
記念写真があったらしいが、本堂で語り合っていて、その時は過ぎた。
このような話し合いが出来ることは、何にも増して楽しい。

御講義に、報恩講の7昼夜日程の由来を『往生要集』の別時念仏で示してくださった。さすがだと思って聞いていたが、阿弥陀経の「若一日~若七日一心不乱」の念仏に元があるのだと思う。
七日間の一心不乱念仏によって

その人命終の時に臨みて、阿弥陀仏、もろもろの聖衆と、現じてその前にましまさん。
この人、終わらん時、心 顛倒(てんどう)せずして、すなわち阿弥陀仏の極楽浄土に往生することを得ん(聖典129)

二十五菩薩来迎もここから始まる。

別時念仏には、その具体的な作法・式が述べられている。

真宗は臨終待つこと無し、平生業成(へいぜいごうじょう)であるが、
報恩講で信を確かめる一連の「我行精進」は、一心不乱の念仏行に通ずるようだ。