富来「湖月館」で。授業で取り上げた教科書ー福永武彦「貝合せ」との再開ー11月28日(土)
「太陽」 一九九五年一月号 No四〇三 平凡社刊
特集 作家の宿 文学と出会うホテル、物語を生んだ宿 福永武彦能登半島、西岸の富来町。断崖、奇岩の続く海岸線を北上すると、やがて増穂の浦という白浜が見えてくる。十一月から三月にかけて「貝寄せの風」が吹き、歌仙貝が打ち寄せられることで名高い。この土地に「好奇心を刺激させられた」福永武彦が、浜からほど近い湖月館を訪ねたのは、昭和三十九年十月だった。
そこで「若いお嫁さん」が見せてくれた、さくら、にしき、いたや、なでしこ、わすれ……という名がつく三六種の貝の「詩的な美しさ」に魅せられる。
その後も作家仲間や夫人を連れて訪れ、湖月館は福永武彦の大のお気に入りとなった。女将になった畑中幸子さんの手元には、贈られた歌やはがきとともに、多くの思い出が残された。
湖月館では、雪の間に拾い集めた色つやのいい貝殻を小さなビニール袋に詰め、宿泊客に手渡してくれる。
小さな宿ならではの心のこもったサービスである。
P73福永武彦の文
宿屋に戻って土地の俳人の句集などを繙いているうちに、バスの時刻になった。気の毒なほど安い宿賃を払い、お土産だという例のビニール入りの貝殻まで貰って、この素朴な宿屋をあとにし、北へ行くバスに乗り込んだ。
今でも私は、その時の貝殻を並べてみては、湖月館というあの小さな宿屋と、むすめむすめした若いお嫁さんのことを、思い出すのである。(『遠くのこだま』『貝合せ』より)
「むすめむすめした若いお嫁さんのことを、思い出す」と福永が書き、その後も何度も訪ねた旅館のー―元女将・畑中幸子さん。
幸子さんは、今も変わることなく、活き活きと、素敵な女将さんを助け、旅人を迎えておいでる。