FB 2月10日(日)より   宗祖聖人御旧跡巡拝 久乃木村豊四郎

2月10(日)

 

http://d.hatena.ne.jp/umiyamabusi/20180821/1534835284=宗祖聖人御旧跡」(豊四郎巡拝帳)
は、昭和59年に刊行された『鹿島町史』(通史・民俗編)調査時に発見された巡拝帳で、『蓮如さん―門徒が語る蓮如上人伝承集成ー』(昭和63年刊)と『蓮如真宗行事』(平成2年刊、平成10年に『蓮如真宗行事―能登の宗教民俗ー』で再刊)に4枚目の地図と八百字程度の解説、訪ねた由緒寺院一覧を載せた。
多くの門徒たちが巡拝に出向いており、一カ寺一カ寺の由緒や巡拝帳(一般の朱印帳)が多く残っているのに、その方面の紹介がなされていない。
この巡拝帳の持ち主さんも高齢で、この資料を扱ったのは私だけなので(表にの意。「読み」は当時町史編さん室長?だった桜井憲弘さんが原稿化しておいでる)、ちゃんとした形で残していかなかればならない。
コピー・写真に撮らせていただいたいきさつは、ブログ「能登のうみやまブシ」に書いた通りで、紹介文は昨年8月21日までに11回、55ヶ寺を載せた。豊四郎は231ヶ寺巡拝しており、腹を決めて時間を作ら...ないと、全体を紹介できないままになってしまう。
ともあれ、このような貴重な資料もあります・・・・・・だ。

話は変わるが、あるところに論文を出したら、との話があった。それは、2月中に論を持って京都まで持参しなければならない。今月末は当寺の「春勧化」(5日間)があり、たとえ論が認められても忙しくなるだけのようだ。

その前に、あまり知られていなくて論にしたものを『真宗習俗論』として一つにまとめ、伝えていかなけらばならない。そこに、何が今までの資料集に載らないままになっているのか、整理しなければならないだろう。

民俗は戦後。
それ以前の日常だった習俗。「習俗の語り部」に徹しなければ・・・・・・。

さて、6時半だ・・・・・・。雪かきにでよう。

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この四枚の出典は『才一同行』高木雪雄著。
才一は親鸞聖人の越後流罪、跡を訪ねた蓮如上人35才の年の明治17年に御旧跡巡拝に出ている。
見真大師御𦾔跡二十四輩巡拝」より。
読みはついていないが、三五頁136ヶ寺分の写真が載る。