元「具足舎」・鍋谷道場

6月29日と30日、林暁宇師が最後に暮らした鍋谷へ行ってきた。
私は暁宇師を、活字でしか知らない。
一種の「妙好人」巡りだ。
お世話をなさった谷田さんと会って、『妙好人 千代尼』を届けるのが直接の用事だったのだが、尊い先人がどのようなところにお暮らしになったのか……、
土徳の地にしばし浸る、といった恵まれた一時を過ごさせて頂いたのである。

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表札「林暁宇」

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あじさい」(宮本偉・作詞、柳井卓作曲)をズーッと聞きながら巡ったこともあって、
次々と紫陽花が目に入り、流れていく。

無量寿碑」

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説明板

題字「無量寿」は大恩師
暁烏先生昭和二十七年十月十六日
當地に御巡錫を仰ぎし折賜はりし
御筆跡であります
この度門司市土器純子様の
御厚志に依り多年念願のこの碑を
建立させて頂きました
 南無阿弥陀仏  赤祢貞子
昭和四十一年十二月 建之

線が消えかかっていて赤祢さんを亦祢さんと読んでいた。

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鍋谷の里。
30日8時30分
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29日15時30分

(ウキペディア)林暁宇(はやし ぎょうう

1923年―2007年4月29日)は、浄土真宗の僧侶。
北海道浦幌町生まれ。1938年更別村旭小学校高等科卒業。40年肺結核で自宅療養。仏教誌『慈悲の国』により、病弱の念仏者・赤禰貞子を知る。43年北海道庁十勝支庁に勤務。49年暁烏敏に会い、明達寺に入り得度。54年『暁烏敏全集』編集担当。56年肺結核再発、左肺上葉切除。63年結婚。69年明達寺を出て放浪。70年小豆島に住み、四軒長屋の片隅を借りて「具足舎」と名づける。80年札幌市に移住。98年石川県鳥越村のケアハウスに入る。2001年能美市鍋谷町に移る。07年3月仏教伝道文化賞受賞。

著書。○印は臥龍文庫に所蔵

○『三味線婆ちゃん 念仏内局の陰に』具足舎 1982 東本願寺出版部 1986
 『弥陀にとられて丸裸 追想・三味線婆ちゃん』具足舎 1984
○『野麦峠を越えて 飛騨おみな念仏の頌』具足舎 1988
 『開けて悔しき玉手箱』具足舎 1989 人はなぜ教えにあわねばならないか
○『もしよきひとにあわざれば 私の出遇った念仏者』真宗大谷派宗務所出版部 1990
 『われらは生死を併有す』具足舎 1990 人はなぜ教えにあわねばならないか
○『みんなおあめださまのおかげです 三味線婆ちゃんのことば』澤田悌二編 具足舎 1991
○『人間死ねば仏になる 法事の話 林暁宇講演録』具足舎 1992
○『むなしさをこえる』真宗大谷派宗務所出版部 1992 東本願寺伝道ブックス
 『死の向うに大いなる光が見える』編 具足舎 1993 人はなぜ教えにあわねばならないか
○『言葉だけの教えでは本当の仏法はわからない』具足舎 1995 人はなぜ教えにあわねばならないか
○『腹が立つので喧嘩ができん 北の大地の念仏者前田政直』編 具足舎 1996 人はなぜ教えにあわねばならないか
○『蓮如上人いまさずは』編 具足舎 1997 人はなぜ教えにあわねばならないか
 『まことなるかなや 私にとっての清沢満之先生』編 具足舎 1998
 『あるがままないがまま 放送三味線婆ちゃん』具足舎 1999
○『生死を超える道』広大舎 2001
 『念仏申さるべし』具足舎 2001 人はなぜ教えにあわねばならないか
 『ほんとうにしたいことがあったらそれをやれ わが師暁烏敏の教え』具足舎 2002 人はなぜ教えにあわねばならないか
○『暁烏先生と報恩講』具足舎 2003
 『おたまじゃくしと人間』具足舎 2003 人はなぜ教えにあわねばならないか
○『帰依処のあれば』具足舎 2004 人はなぜ教えにあわねばならないか
○『真宗は時代を超えて 二〇〇四年度能登教区第六組同朋大会記念講演』具足舎 2004
○『それで死んでも悔いなかろう 私の出遇った暁烏先生』北國新聞社出版局 2004 十方叢書
 『妙なるいのちこのいのち 赤禰貞子さん 私はなぜ教えにあわねばならなかったか』具足舎 2004
○『二つの出遇い』具足舎 2004
 『降る雪さえもあったかい 私はなぜ教えにあわねばならなかったか』具足舎 2004 
○『略伝暁烏敏』編 具足舎 2004
○『賜る願い限りなく 暁烏先生に愛された田舎の人びと』北國新聞社出版局 2005 十方叢書
○『念仏者は罪業の報いを受けない 私はなぜ教えにあわねばならなかったか』具足舎 2006
 『病・老・死の世を生かされて 私はなぜ教えにあわねばならなかったか』具足舎 2006
 『桃太郎の念仏 私はなぜ教えにあわねばならなかったか』具足舎 2006
○『坊主は乞食だぞ 願われて生きる』樹心社 2007
 『いのちが求めるもの』念林舎 2008(以上、ウキペディア)

その他
○『どうして念仏するようになったか(「真実を求めて」改題)』具足舎平成5年 
○『念仏総長暁烏敏 一にも信心 二にも信心』具足舎 平成4年
○『死にしなの念仏』西村見暁・林暁宇往復書簡 広大舎 平成22年
○『死にしなの念仏 暁烏先生と称名念仏』具足舎 昭和58年
○『暗くなるほど月の冴え―念仏者・前田政直とその死―』具足舎 2000年
○『君は君の願いに生きていけ 林暁宇師最後の説法 私はなぜ教えにあわねばならなかったか』具足舎 平成20年

鍋谷道場

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