金沢善福寺さん

26日午後、金石に用があり出向いた。
大桑斉先生に渡したい資料や、崇信学舎にも用があり、材木町へ行った。
善福寺さんに車を止めさせていただいて、崇信学舎、そして迎賓館へ向かった。
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大桑さんのお寺、善福寺。
金沢市指定文化財
善福寺本堂 附絵図二枚
善福寺本堂は、宝暦九年(1759)の大火後、江戸時代後期に、本堂建築としては珍しい土蔵造りによって再建された。
土蔵造りの土壁の厚さは、ほぼ一尺。漆喰塗で軒先まで塗り籠め。開口部には土塗の引戸や土扉を設け、耐火性を高めている。 
全国的にも数少ない土蔵造りの近世本堂建築の遺構であるとともに、宝暦の大火後のおける金沢城下の遺構を物語る貴重な建物である。
平成25年4月11日指定
※一尺は30.3㌢。どんなに厚い壁か。
漆喰ーしっくい。
宝暦大火の折は、城も焼けた。
金沢別院ではその翌年に親鸞聖人500回忌が営まれている。俳人で名高い千代尼も参詣している。
近世仏教会研修で大桑さんのお寺に泊まったのは、いつのことだったろう。
あの研究会から、多くの人が仏教史研究者として育っていった。
私は能登のことばかりやっていて、仏教の方は、昔『蓮如真宗行事』(後に副題「能登の宗教民俗」を付けて再刊)と、『蓮如上人と伝承』(おやまブックレット)を出したきりで、いつも本をいただいているばかりの身としては、敷居が高い。
さりげなく、のつもりが、帰りにあがってお話しする機会を得た。
考えてみれば、22歳で谷大の修士(国史)に行ったとき、となりの仏教史の助手としておいでたのが大桑さんだった。
同じ石川出身ということで、ずいぶん可愛がってもらった。
恩返しをしないままに、あれから、もう45年。
その間の大桑さんが出された本を、別の日に載せる。